先週末、子どもに「パパまた山なの?」って言われた。その瞬間、自分の心がちょっとグラついた。正直、ぐさっときた。
だって、その子に対してボクは「テストの前だから勉強しなさい」とか「宿題は?」とか言ってるんだぜ。その自分が「パパは山に行く」って、わりと自分勝手じゃないかって思わされるんだ。
でも、いま思うのは、その山がなかったら、親としてのボク自体が壊れてたんじゃないかってこと。
子どもが生まれて、登山が「逃げ場」になった
子どもが生まれる前は、月2〜3回は山に行ってた。テント泊縦走もちょくちょく。28歳でテント泊デビューしてから、北アルプスの燕岳や常念岳、南アルプスの甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳…。山の中に暮らしてるんじゃないかってくらい、夏場は毎月のように足を運んでた。
ところが子どもが生まれたら、一変した。土曜日に「山行きたい」なんて言えない。子どもの幼稚園の行事、家族サービス、妻の実家への帰省…。気がついたら、月1回、いや年4〜5回に激減してた。
最初は「まあ、仕方ない」と思ってたんだ。親になったんだし。でも実際、毎日会社で上司に怒られて、帰宅したら子どもに「パパって仕事何してるの?」って聞かれて、その親父を見ながら妻はため息ついてて…。
そんな日々が続いて、自分の心がどんどん縮んでいくのを感じた。
あなたも経験ありませんか?責任と義務だけで生きてる感じ。呼吸をしてるけど、生きてる実感がない。そんな感覚。
山の中で、やっと「自分」に戻る
だから、年に4〜5回の山が、ものすごく大事なんだ。
朝4時に車で出発して、駐車場に着く。ザックを背負って歩き始めたら、会社の人間関係なんて一瞬で消える。子どもの教育のことも、妻の不機嫌も、親としてのプレッシャーも。
山道をひたすら歩く。足が痛くなる。呼吸が苦しくなる。でもそこに、変な快感がある。
昨年の秋に木曽駒ヶ岳に一人で登ったときのこと。中央アルプスの稜線から眼下に広がる景色を見たとき、涙が出た。別に特別な景色じゃない。何度も見たことある。でも、その時のボクは「あ、俺、生きてるんだ」って思った。
子どもの父親としてじゃなくて、会社員としてでもなくて、ただ一人の人間として。山の中では、そういう感覚が戻ってくる。
失敗ばっかりだけど、それがいい
ぶっちゃけ、ボクはテント泊を何度も失敗してる。
デビューのとき、銀マットを忘れて、一晩眠れなかった。真っ暗な高度2000mのテントの中で、地面の冷たさに耐えながら「俺、何してんだろう」って思いながら夜明けを待った。
別の時は雨具を持たずに大雨に遭遇した。テントの中でずぶ濡れになって、スマホで天気予報を見ながら「なんで予報確認しなかったんだ」って自分に腹が立った。
子どもを連れて行った時は、予想以上に子どもがバテて、引き返さざるを得なかった。子どもに対して申し訳ない気持ちと、自分の計画性のなさにモヤモヤした。
靴擦れで下山に3時間かかったこともある。下りの4km が地獄だった。
でもね、その失敗が好きなんだ。なぜなら、会社では失敗できないから。
プレゼンで失敗したら「あいつ、ダメだな」って同僚から見られる。子育てで失敗したら「親のくせに」って妻に責められる。そういう評価の世界で生きてると、人間は自分を守るために小さくなる。
山での失敗は、誰も笑わない。銀マットを忘れたことを、山の神様は怒らない。むしろ、そこから学べることがある。次は持っていこう。次は天気予報を見よう。次はザックの計画をもっと真剣にしよう。
失敗が、成長に直結する場所って、人生でそんなにない。
「また山?」って言われても、多分やめられない
妻からは相変わらず「また山?」って言われる。子どもからも同じ。でも、ボクはこれからも山に登り続けると思う。
11年登山やってきて、気づいたことがある。
山が好きなんじゃなくて、山に行くことで「自分を取り戻す時間」が好きなんだ。燕岳や常念岳の頂上から見える北アルプスの絶景も好きだけど、それ以上に、テントの中で銀マット忘れたことに気づいて、一晩耐えた自分。大雨の中で濡れながら、一人で考えて、判断した自分。そういう「挑戦してる感覚」が、人間として必要なんだ。
仕事や家族の中では、ボクは「役割」を演じてる。上司には部下として、子どもには親として。でも山では、役割を脱いで、素の自分と向き合える。
だから、子どもに「また山?」って言われても、申し訳ないなーって思いながらも、その山の時間をボクは手放したくない。
もし、この山の時間をなくしたら、ボクは「いい父親」「いい会社員」になるかもしれない。でも、同時に、心がどんどん縮んで、最後には「いい人だけど、つまらない人」になっちゃう気がする。
子どもに伝えたいのは、「大人が生きる方法」
実は、子どもに山に連れていこうとは思ってない。失敗もいっぱいした。靴擦れもあるし、天気も悪いし、つらいし。
でも、成長したときに、子どもに言いたいことがある。
「大人になったら、親の役割だけで生きるんじゃなくて、自分の『好き』を絶対に手放すな。その『好き』が、お前を救う日がくるから」
親として完璧を目指すことより、親としても不完全だけど、何かに夢中になってる親の背中を見せることの方が、子どもにとっては大事なんじゃないかって思う。子育てしながら登山を続けることの意味って、そこなんだと思う。
年4〜5回の山が、親のボクを支えて、その結果、ちょっとはマシな親父でいられる。多分、それが答えなんだ。
来月の予定を見ると、秋の連休に御嶽山か恵那山に登ろうかなって思ってる。また「また山?」って言われるんだろう。でも、その時の自分は、また一段階成長した親父になってると思う。
山が好きなんじゃなくて、山に登る自分が好きな。そして、その自分の気持ちを大事にすること。それが、30代後半のパパが見つけた、唯一の正解なんだ。
登山歴10年以上・30代会社員パパ
テント泊縦走が大好きな30代の会社員パパ。週末に家族と過ごしながら、月1〜2回のペースで登山を継続中。10年以上の経験をもとに、登山初心者が失敗しないための情報を発信しています。

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